大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山口地方裁判所 平成10年(ヨ)17号 決定

債権者

藤井隆男

債権者

永田笙子

債権者

坂本多津恵

債権者

美好裕子

右4名代理人弁護士

内山新吾

田中礼司

債務者

学校法人三田尻女子高等学校

右代表者理事

小川武男

右代理人弁護士

末永汎本

吉元徹也

越智博

主文

一  債権者らが,いずれも,債務者の教育職員たる地位にあることを仮に定める。

二  債務者は,債権者藤井隆男に対し,金788万2675円及び平成12年3月1日から本案の第一審判決言渡しに至るまで,毎月21日限り,1か月当たり金34万2725円の割合による各金員,債権者永田笙子に対し,金683万9579円及び平成12年3月1日から本案の第一審判決言渡しに至るまで,毎月21日限り,1か月当たり金29万7373円の割合による各金員,債権者坂本多津恵に対し,金500万1051円及び平成12年3月1日から本案の第一審判決言渡しに至るまで,毎月21日限り,1か月当たり金21万7437円の割合による各金員並びに債権者美好裕子に対し,金470万1637円及び平成12年3月1日から本案の第一審判決言渡しに至るまで,毎月21日限り,1か月当たり金20万4419円の割合による各金員,をそれぞれ仮に支払え。

三  債権者らのその余の各申立てをいずれも却下する。

四  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第一申立ての趣旨

一  主文第1項及び第4項と各同旨

二  債務者は,いずれも,平成10年4月1日から本案の第一審判決言渡しに至るまで,毎月21日限り,1か月当たり,債権者藤井隆男に対し金46万6582円,債権者永田笙子に対し金44万6972円,債権者坂本多津恵に対し金36万3102円及び債権者美好裕子に対し金32万9574円,の各割合による金員を,それぞれ仮に支払え。

第二事案の概要及び争点

一  概要

本件は,債務者の教育職員として勤務してきた債権者らが,債務者から各解雇の意思表示を受けたことについて,それらは,いずれも,整理解雇の要件を欠いた無効なものであるとして,それぞれの効力を争い,債務者の教育職員たる地位にあることを仮に定めるとともに,右各意思表示後である平成10年4月1日から本案の第一審判決言渡しに至るまでの各賃金の仮払いを,それぞれ求めた事案である。

二  争いのない事実等(なお,疎明資料の掲記のないものは,争いのない事実である。)

1  当事者等

(一) 債務者は,その所在地において,大正15年創立の全日制高校である三田尻女子高等学校(以下,「本校」という。)を設置している学校法人であり,本件の問題が生じた当時,ドゥワイト・レイモンド・ジョンソン(以下,「ジョンソン校長」という。)が,校長を務めていた。

(二) 債権者藤井隆男(昭和21年7月18日生。以下,「債権者藤井」という。)は,昭和44年4月1日付けで債務者との間で雇用契約を締結し,本校の保健体育科を担当する教育職員(債務者の就業規則2条にいう「学校に常時勤務する専任の教育職員」。以下,「教員」という。)として勤務していた者であり,妻並びに仕送りを必要とする大学生2名及び高校生1名の子供を有している(債権者藤井の生年月日及び家族構成ににつき,〈証拠略〉及び同債権者本人の陳述により,これらを一応認める。)。

(三) 債権者永田笙子(昭和20年9月30日生。以下,「債権者永田」という。)は,昭和41年4月1日付けで債務者との間で雇用契約を締結し,本校の芸術科(音楽)を担当する教員として勤務していた者であり,夫並びに仕送りを必要とする大学生2名及び高校生1名の子供を有し,かつ,月額約10万円の住宅ローンをかかえている(債権者永田の生年月日,家族構成及び右借財につき,〈証拠略〉及び同債権者本人の陳述により,これらを一応認める。)。

(四) 債権者坂本多津恵(昭和32年5月14日生。以下,「債権者坂本」という。)は,昭和55年4月1日付けで債務者との間で雇用契約を締結し,本校の商業科を担当する教員として勤務していた者であり,夫並びに高校生及び中学生各1名の子供を有し,かつ,月額約20万円の住宅ローンをかかえている(債権者坂本の生年月日,家族構成及び右借財につき,〈証拠略〉及び同債権者本人の陳述により,これらを一応認める。)。

(五) 債権者美好裕子(昭和35年12月2日生。以下,「債権者美好」という。)は,昭和58年1月17日付けで債務者との間で雇用契約を締結し,本校の教員(養護教諭)として勤務していた者である(債権者美好の生年月日につき,〈証拠略〉により,これを一応認める。)。

(六) 債権者らは,いずれも,平成10年2月16日に結成された三田尻女子高等学校教職員組合(以下,「本件組合」という。)の組合員であるところ,債権者藤井は同組合の執行委員長,債権者永田は同副執行委員長である。

2  解雇の意思表示

債務者は,「生徒減による経営難」を理由に,平成8年度において,21名の人員削減を行ったが,平成9年度においても,同様の理由により,同年11月29日と平成10年1月21日,希望退職の募集をし,同月26日から29日にかけて,債権者らを含む10名の教職員に対して,指名退職勧奨を行った。そして,平成10年3月24日,債務者は,右退職勧奨を受け入れなかった債権者らを含む7名の教員に対し,「債務者の財務状況が極めて厳しいため,即時解雇する」旨の各意思表示をなした(以下,債権者らに対する関係で,「本件各解雇」という。)。

3  債務者の就労拒否と賃金不払

債務者は,債権者らに対する本件各解雇の意思表示がいずれも有効であるとして,以後,債権者らの,本校における各就労及び債権者らに対する平成10年4月1日以降の賃金の各支払をいずれも拒否している(審尋の全趣旨)。

4  債権者らの賃金

債権者らは,本件各解雇の意思表示に至るまで,債務者から,当月分の各給与を毎月21日にそれぞれ受け取っていたところ,同各解雇直前に受け取った平成10年3月分の債権者らの各月額賃金(本俸及び諸手当の合計額)は,債権者藤井が46万6582円(なお,同額から,税金,共済掛金,弘済会保険料及び財形貯蓄その他の各控除額を差し引いた支給額は,34万2725円である。),債権者永田が44万6972円(右同支給額は,29万7373円),債権者坂本が36万3102円(右同支給額は,21万7437円)及び債権者美好が32万9574円(右同支給額は,25万5524円)であった(債権者らの右同各支給額につき,〈証拠略〉により,これらを一応認める。)。

5  本件各解雇に係る債務者からの金銭支給

債務者は,債権者らに対し,平成10年3月24日,本件各解雇に係る各予告手当を,同年4月24日,同各解雇に係る退職金の上乗せ分20パーセント分を,同年5月15日,山口県私学退職金財団から支払われた同各解雇に係る各退職金を,それぞれ支払ったが,債権者らは,右各金員をいずれも供託した(〈証拠略〉,債権者藤井本人の陳述及び審尋の全趣旨)。

三  争点

1  本件各解雇は,整理解雇の要件を充たす有効なものか。

2  1が認められず,本件各解雇が無効とされる場合,債権者らにつき,それぞれ保全の必要性が認められるか。

四  争点に対する当事者の主張

1  争点1について

(一) 債務者

本件各解雇においては,整理解雇に関する次の(1)ないし(4)の各要件が十分に認められるので,その効力は,有効である。

(1) 人員削減の必要性について

ア 債務者は,本校の生徒減による生徒納付金や補助金の減少のため,平成8年度から消費収支が支出超過になると予想されており,実際に,同年度の消費収支が5957万6818円の支出超過(定年及び任意退職者の退職金支出を控除しても2648万9579円の支出超過)となり,人員削減を実施しなければ恒常的に支出超過となることが予想されたため,同年度及び翌平成9年度の2年間にわたり人員削減を実施したものである。

このように,本件各解雇は,他の私立学校に比しても極めて高い債務者の人件費比率という構造的な要因と生徒数の恒常的減少に伴う深刻な財政上の理由から,債務者の学校法人としての永続性を確保するために必要不可欠だったものである。

イ 債権者らは,債務者の財政状況が整理解雇を実施すべき状況にないと主張するが,右は,学校法人の永続性を確保するために定めた私立学校振興助成法14条1項に基づく学校法人会計基準30条及び31条の各規定を全く無視する主張であり,債務者の帰属収入が垣常的に減少し,かつ,人件費比率が70パーセントをはるかに超えている実情を無視するものである。

ウ なお,債務者が平成10年度に教員1名を採用したのは,平成9年度に社会科担当教員が本人の事情で退職したため,これを補填すべく,職員であった者につき教員への身分変更を行ったものにすぎず,また,平成10年度に採用した非常勤講師(以下,本校の非常勤講師のことを「講師」という。)9名のうち,3名は健康福祉コースの新設に伴い必要となったもの,2名は退職した前任者の代わりに採用した者であり,他の4名は,実際に必要な教員数を確定できる同年3月末ころ,予想教員数に不足が生じた場合に,講師を採用して人件費の削減を行おうとした結果,いずれも採用するに至ったものである。

よって,本件各解雇に当たり,債務者に人員削減の必要性があったことは明らかである。

(2) 解雇回避努力について

ア 債務者は,本件各解雇に当たり,希望退職者の募集や退職勧奨という手順を踏んだ上で,なお,整理解雇の必要性があったから,これに及んだものである。

イ 債務者は,本校の生徒数の減少による経営悪化(帰属収入の減少)に対し,従前より,本校の普通科につき,進学率アップや時代のニーズに対応したコース別のカリキュラム作りを行うとともに,課外クラブ活動にも力を入れるなどして,魅力ある学校作りを行い,本校の入学希望者の確保に努めてきたが,生徒数の自然減には抗しきれず,教員の人員削減を実施せざるを得なかったものである。

ウ ところで,教員らの賃金カットや昇給停止の措置をとるには,労働者たる同人らの同意が必要であるところ,本件組合やその上部にあると称する団体が,本件各解雇直後の春闘以降,大幅なベースアップ等の要求を継続していることからも明らかなように,到底右同意は得られるような状況ではなかった。

よって,本件各解雇に当たり,債務者が解雇回避努力を尽くしていたことは明らかである。

(3) 被解雇者選定の合理性について

ア 債務者は,本件各解雇に係る被解雇者の選定に当たり,人員削減による教育の質の低下を招かないよう,単に,年齢や賃金といった形式的な基準のみではなく,各教員の能力や各教科間のバランスを総合的に判断し,年齢,勤続年数,年俸,家族状況,担当教科,担当クラス及び勤務振りを総合勘案し,関係者の意見も聞いた上で,右選定を行ったものである。

イ 右選定作業は,ジョンソン校長を中心として行ったが,同人は,カリフォルニア・ルテール研究所副校長等の職歴を有し,教育界に永年身を置いていたことから,債務者が本校の校長として招請してきた人物であり,平成8年9月に着任後,全教職員らと個別面談し,全教員の授業を参観した他,様々な機会に同人らの勤務振りを観察し,情実に流されることなく公平な立場で合理的に同人らの能力等を評価したものである。

ウ よって,債務者による本件各解雇に係る被解雇者選定は妥当なものであることも明らかである。

(4) 手続の妥当性について

ア 債務者は,平成9年11月26日及び翌平成10年1月21日の2回にわたり,教職員らに対し,希望退職者を募った後,債権者らを含む解雇予定者11名に対して,同月26日から29日にかけて,退職金を20パーセント上乗せする条件を提示して,退職を勧奨した。

イ 債務者は,本件組合の要求により,同組合との間において,平成10年2月20日,同年3月7日,同月14日,同月18日の計4回にわたり,それぞれ2時間を超える右各団体交渉に誠実に応じ,同月24日になした本件各解雇後の同月28日にも,団体交渉に応じた。

なお,債務者は,第1回目の右団体交渉の際,債務者の経理状況を明らかにした資料を配り,財務状況についても質問がある限り正確な数字を答えている。

ウ 債務者が本件組合に対する財務諸表の公開を留保したのは,同組合が債務者に対し,労働組合規約と組合員名簿を提出せず,その組合員数を明らかにしなかったからにすぎない。

エ 債務者は,債権者らに対し,本件各解雇に係る予告手当,退職金の上乗せ分20パーセント分及び山口県私学退職金財団から振込まれた退職金を,それぞれ支払っている。

よって,債務者がとった本件各解雇に係る手続は,妥当なものであったことが明らかである。

(二) 債権者ら

本件各解雇は,いずれも整理解雇として行われているところ,学校の教員は,学校教育が公的性格を有することから,その身分が尊重されなければならないとされている(教育基本法6条)。また,教員の大幅削減は,教育の質の低下をもたらし,そのしわ寄せを子どもたちに押しつけることにもなりかねないことから,少なくない私学が,経営難を抱えながらも,大量の人員削減をすることなく,理事者と教員の努力によって教育機関としての責任を果たしているのが実情である。右によれば,私学の教員の整理解雇については,整理解雇制限法理が一般私企業と比べてより厳格に適用されるべきである。

すなわち,具体的には,〈1〉人員削減の高度の必要性があること(学校法人の存続維持が危機に瀕していること),〈2〉あらゆる解雇回避努力を尽くしたこと,〈3〉被解雇者選定の基準が,人員削減の必要性に客観的に適合したものであり,客観度が高く主観に左右される度合が少ないこと,〈4〉労働者や労働組合との誠実な協議がなされたこと,以上をそれぞれ要し,これらのうち1つでも要件を欠くときは,整理解雇は無効となると解すべきである。

そうであれば,次の(1)ないし(4)のとおり,本件各解雇については,右〈1〉ないし〈4〉の各要件をいずれも欠くものであり,整理解雇の効力はいずれも無効である。

(1) 人員削減の必要性について

ア 債務者は,本件各解雇の理由として,「少子化に伴う生徒減を主たる原因とする財政難」であり,「構造的赤字であることから,他に抜本的な対策はない」と説明するが,財政難を強調しながら,財務諸表など財務分析に不可欠な資料を公開していないし,本件各解雇に当たり,将来予測に立った財務分析をした形跡もない。債務者が述べるように,単に,人件費比率が70パーセントを超えているとか,他校と比べて高いというだけでは,整理解雇の必要性を根拠づけることにはならない。

イ 債務者の平成9年度末の純資産は,22億7000万円であり,負債比率及び自己資金比率の良好さは,いずれも,山口県内における私学18校中の4位である。

また,債務者には,同年度の流動資産が約6億円あり,固定資産の中にも,相当程度取り崩し可能なものがある。

ウ 債務者は,本件各解雇後も,平成10年度に教員1名,講師9名を採用しているところ,この中には,債権者らと同じ体育と音楽の講師が1名ずつ含まれている。

よって,本件各解雇につき,債務者に客観的に高度な経営上の必要性があったことの疎明はないというべきである。

(2) 解雇回避努力について

ア 債務者は,少なくとも本件各解雇の10年くらい前から,統計上の具体的な数値により,少子化に伴う生徒数の減少を予測することが可能であり,そのころから,教員の新規採用を控えたり,適宜希望退職を募るなどして,徐々に人員削減をすることにより,人件費を抑えることができたはずである。

しかしながら,債務者は,平成6年に至るまで,毎年,相当数の教員を新規採用していたところ,それが平成8年に至って,初めて,しかも一時かつ大量に人員削減をする動きを始めたものである。

イ 債務者は,帰属収入を増やす方策や人件費以外の経費を削減する方策について,その理事会(以下,単に「理事会」という。)や本校の職員会議(以下,単に「職員会議」という。)で十分に議論することはなかった。

なお,債務者における生徒減は,自然減の割合をはるかに超えているところ,右生徒減は,債務者の経営努力の不足によるものと推認できるが,この点についての検討,検証が行われた形跡はない。

ウ また,債務者は,債権者らに対し,整理解雇以外に,賃金カットや昇給停止などの提案を行っておらず,労働者にとってより打撃の少ない他の手段をとっていない。

エ 債務者が,本件各解雇に先立って希望退職者の募集をしたのは,平成9年11月26日であり,しかも,その時点では,債務者において,債権者らを被解雇者としてリストアップする作業を完了させていたことに照らすと,右募集は,時期的に遅く,本件各解雇を正当化するための形式的なものにすぎなかったといわざるを得ない。

よって,本件各解雇に当たり,債務者が解雇回避努力を尽くしていたとは評価できない。

(3) 被解雇者選定の合理性について

ア 債務者は,専ら,ジョンソン校長の能力を信頼して,同人に被解雇者の選定判断を委ねたと主張するが,ジョンソン校長は,日本国内での学校運営に関わったことがなく,日本語によるコミュニケーションも十分にはできない状態であった。そのような同人が,平成8年9月に本校の校長として着任後,わずか1年2か月後の平成9年11月ころまでに,公正で合理的な被解雇者選定作業を行うことは,そもそも無理があるというべきである。

イ 右アの被解雇者選定作業において,教員,講師及び本校の事務職員(以下,「職員」という。)らすべて(以下,教員,講師及び職員を総称して「教職員ら」という。)を対象とした比較検討のための資料が作成されたとの疎明はなく,したがってまた,債権者らを他の教職員らと比較する資料がない以上,公正な運用がされたとはいえない。

ウ 債務者主張の,「年齢,勤続年数,担当教科,クラブ,勤務状況等を踏まえて総合的に判断した。」という本件各解雇の選定基準自体,抽象的で,客観性を保持できるものとはいえない。

エ なお,右ウの選定基準に,「担当教科」が含まれていることについては,体育を担当する教員が2名も被解雇予定者として選定されたにもかかわらず,その後,右2名に代えて,体育を担当する講師が補充されているということを指摘することができる。

よって,債務者のなした本件各解雇に係る右被解雇者の選定は,妥当性を欠くものである。

(4) 手続の妥当性について

ア 債務者は,本件組合の結成前においては,債権者らを含む被退職勧奨者らに対し,整理解雇の必要性について,極めて簡単な説明しかしておらず,同人らからの質問にまともに答えることはなかった。

イ 債務者は,本件組合との団体交渉を4回行ったが,その際,債務者理事の出席率は低く,また,同組合に対する応答は,専ら,債務者代理人の弁護士に任せていた。

ウ また,債務者は,債権者らに対し,債務者の財務状況に関する将来予測の妥当性を検討するに足りる説明や経理資料の提供を行わず,右イの団体交渉における本件組合からの要求にかかわらず,債務者の貸借対照表等の財務諸表を提供しなかった。

なお,本件組合が債務者に対して同組合員名簿の提出を拒んだことは,債務者が右財務諸表の提供をしなかったことを正当化する理由にはならない。

よって,本件各解雇に当たり,債権者は,債務者らに対し,誠実な説明及び協議を尽くしたとはいえない。

2  争点2について

(一) 債権者ら

(1) 地位保全仮処分について

ア 債権者らは,いずれも(夫婦共稼ぎの者も含めて)教員としての収入で家族の生活を維持していたところ,本件各解雇がなされたことにより,それぞれの収入を失い,生活費にも困る状態である。

また,債権者らは,現在,再就職することが難しい状況にあり,本訴の提起とその確定を待っていては,回復し難い損害が生ずるおそれがある。

イ 債権者らは,いずれも,一日も早く,本校において教員としての仕事をしたいという情熱をもっており,債権者らの資質や技能を維持するため,また,教員の地位に付随する私立学校共済組合の組合員としての権利行使をするため,そして,本件の紛争の早期解決を促すためにも,教員としての地位保全仮処分を認める必要性がある。

(2) 賃金仮払仮処分について

ア 前記(1)アと同じ

イ 本件各解雇の効力を争う以上,債権者らが,前記二5で一応認定した各供託をなしたのは当然である。

ウ 債権者藤井,同永田及び同坂本には,学齢期の子らがおり,後記(二)(2)イにおける同債権者らの同居の親族らの各収入によっても,同債権者らの本件各解雇後における家計のやりくりは大変な状況にある。

よって,債務者から債権者らに対する1か月当たり,本件各解雇前の各月額賃金相当額の各賃金仮払をいずれも認める必要性がある。

(二) 債務者

(1) 地位保全仮処分について

地位保全仮処分は,いわゆる任意の履行に期待する仮処分であり,その履行確保の点に難点があることから,賃金仮払仮処分とは別に認められるべき特段の必要性がなければならないところ,本件では,債権者らにつき,地位保全仮処分を必要とする特段の事情が認められない。

(2) 賃金仮払仮処分について

ア 債務者は,債権者らに対し,前記四1(一)(4)エのとおりの各金員を支払っており,債権者らが,これらの各金員を供託しなければ当面の生活に支障はない。

イ 債権者藤井については,その妻に新南陽市職員(保健婦)としての手取月額24万6000円の給与収入及び同居している同債権者の母に月額約22万円余りの年金収入があり,債権者永田については,その夫に船員としての年額約800万円の,債権者坂本については,その夫にJR西日本株式会社従業員としての年額約650万円の,それぞれ収入があり,また,債権者美好については,同居している同債権者の父に年額約220万円の年金収入がある。

よって,債権者らいずれについても,本件各賃金仮払仮処分を認める必要性はない。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  前記第二,二の各事実に加えるに,(証拠略),債権者ら各本人及び債務者代表者当時の理事内田道生(以下,「内田」という。)の各陳述並びに審尋の全趣旨によれば,本件各解雇の経緯等として,以下の各事実が一応認められる。

(一)(1) 債務者は,平成8年3月30日の理事会において,本校の消費収支は,平成7年度まで黒字であったが,平成8年度における生徒数が前年度より122名減の857名(右数字は,同年4月入学予定者数を含むものであり,実際の平成8年度の生徒数は,前年度より125名減の854名であった。)となったことから,これに伴う生徒納付金及び補助金の減少により,平成8年度の資金収支が1億1177万2000円の赤字となることが予想されるとして,〈1〉同年度の生徒納付金を増額するとともに,〈2〉本校の教職員数が他の私立高校と比較して多いことから,教職員数(平成8年4月時点において計80名。内訳は,教員60名,講師9名,職員11名。)を削減する方針を,それぞれ一同異議なく承認可決した。

なお,右理事会では,右生徒数減少の原因や人員削減以外の経費削減方法については何ら議論はされず,その他には,前任の校長の退任により,平成8年4月1日付けで内田を本校の校長とし,同年9月1日より,ジョンソン校長を,その後任とすることを各決議したのみであった。

(2) 債務者は,同年6月7日の理事会において,向こう1,2年の間に教職員数を20名位削減すること,及び学校の現状を説明して希望退職を募り,任意退職者には退職金を25パーセント加算することを各決議した。

なお,右理事会において,人員削減を行なう前に,教職員らの賃金や賞与を削減する旨の議論はなく,右削減目標を20名位と定めるに当たっても,単に本校と同規模の他校の教職員数と比較して概算したものにすぎず,債務者の財政状況に関する具体的な数字を示して議論した上で決議したものではなかった。

(3) 債務者の当時の専務理事白石昭(以下,「白石」という。)は,同年7月19日,職員会議において,教職員らに対し,同年9月末日までに翌年3月31日付けで任意退職することを申し出た者には,退職金を25パーセント加算することを告知した。

その際,教職員らの一部から,本校の経営につき,本年(平成8年)度中に,将来のシミュレーションを示すべきである旨の意見が出されたが,その後,債務者の理事らが,教職員らに対し,右シミュレーションを示す場を持つことはなかった。

(4) 債務者は,平成8年8月末までに開催された理事会において,本校の生徒数減少により,同年度における債務者の単年度収入に占める人件費比率が91.1パーセントにまで高まり,かつ,平成9年度も更に本校の生徒数が減少することが予想されることから,1年契約である講師9名を,同年3月末限りで雇い止めとするとともに,同年1月20日付けで教職員らの一部につき指名解雇を行い,最終的には教職員数を48ないし50名にすることを決議した。

右決議に基づき,白石は,講師9名に対して,同年3月末限りで雇い止めとする旨を通告するとともに,同年1月8日の職員会議において,全教職員らに対し,右決議と同旨の告知をした。

(5) 債務者は,平成9年1月16日の理事会において,平成8年9月1日に本校に着任したジョンソン校長により選定された指名解雇予定者に対し,退職勧奨をなすことを決議した。

右決議に基づき,債務者は,平成9年1月23日及び翌24日,合わせて6名の教員に対し,いずれも同年3月31日付けで解雇する旨の各指名解雇の意思表示をなしたところ,同人らは,これにより,同日までに退職した。

(6) その結果,債務者は,平成9年3月末までに,教員4名及び職員2名の各任意退職者を併せて,教職員22名(定年退職者を1名含む教員11名,講師9名及び職員2名)の人員削減を行なったが,講師については,同年4月から再雇用者1名を含む5名を雇用した結果,平成9年4月1日時点における教職員数は63名(内訳,教員49名,講師5名,職員9名。)となった。

(二)(1) 白石は,平成9年2月27日の職員会議において,教職員らに対し,来年度も続いて人員整理を行う予定である旨を告知し,債務者も,同年3月6日の理事会において,来年度も引き続き人員削減を行うことを確認した。

なお,同日の理事会で,内田の理事長辞任と白石を理事長に選任することが了承されたが,同月22日の理事会において,内田から,白石の理事長選任を撤回する旨の提案があり,長時間の協議の末,同人については,同月末日をもって専務理事の職を解く旨了承された。

(2) ジョンソン校長は,前記同年1月16日の理事会で定められた方針に従い,指名解雇予定者名簿を作成するとともに,平成9年11月26日の職員会議において,教職員らに対し,任意退職者を募った。

(3) 同月27日の理事会において,本校の平成9年度における生徒数が前年度より124名減の730名となり,前年度からの人員削減にもかかわらず,平成9年度の消費収支が7071万7000円の赤字となり,人件費比率が86.6パーセントとなるとの各見込の下に,内田から,本校の教員定数は36名であり,18名過剰であるため,本年度も11名位の人員整理を行う予定であるとの提案がなされ,これに即し,翌平成10年3月末までに,講師2名の雇い止めを行い,加えて,右(2)で一応認定した名簿に記載された債権者らを含む10名の教員と1名の職員を指名解雇すること,及び平成9年度は教職員らの賃金につき,定期昇給を停止することが各決議されたが,その際,理事会は,ジョンソン校長に対し,右11名を指名解雇する理由について説明を求めることはなく,当該被解雇者の選定基準についてもジョンソン校長に一任したままであった。

なお,内田の右教職員定数及び過剰人員数に関する発言は,本校と同規模の他校の教職員数と比較したことのみによる概算数にすぎず,右のごとく,平成8年度に引き続き,再度の人員削減を決議するに当たっても,やはり,翌年度以降の債務者の財政収支予測につき,具体的な数字を示して検討するようなことまではなされなかった。

(4) ジョンソン校長は,平成10年1月21日の職員会議において,教職員らに対し,再度,希望退職者の募集をした後,同月26日から29日にかけて,前記(2)で一応認定した名簿に記載された債権者らを含む11名の教職員ら(そのうち教員は10名であり,担当科目は,国語,体育及び商業が各2名ずつ,英語,音楽,社会及び養護が各1名ずつであった。以下,「被退職勧奨者ら」という。)に対し,各退職勧奨を行なった。

その際,債権者らは,ジョンソン校長から,やめてもらいたい旨告げられ,20パーセント増の退職金額の提示を受けたが,退職の必要性については,主として,生徒数の減少と経営難であるという2点について抽象的な説明があったのみで,なぜ,債権者らが被解雇者に選定されたかという人選の根拠については,具体的な説明を受けなかった。

(5) なお,債務者は,被退職勧奨者らのうち教員2名及び職員1名から各任意退職の申出があり,被退職勧奨者ら以外の教員2名からも各退職申出があったこと(右計5名は,平成10年3月末までに任意退職。)から,被退職勧奨者らのうち,商業科担当の教員1名に対する退職勧奨を撤回したため,被退職勧奨者らのうち債権者らを含む7名(以下,「退職拒否者ら」という。)が前記(4)で一応認定した退職勧奨を拒否した結果となった。

(三)(1) 債権者らは,平成10年2月16日,他の退職拒否者らを含む教職員らの一部をもって本件組合を結成した上で,債務者に対し,整理解雇を行なわないこと等を求めて,団体交渉の申し入れをした。

(2) その結果,債務者は,本件組合との間において,平成10年2月20日,同年3月7日,同月14日及び同月18日の計4回,団体交渉を行った。

なお,債務者は,本件組合に対し,第1回目の団体交渉において,平成5年度から平成8年度までの年度別の生徒納付金,補助金等の帰属収入,人件費及び経費等の消費支出の各数値を記載した書面,平成9年度から平成11年度までの年度別の右各数値に係る予測値を記載した書面並びに昭和40年度から平成9年度までの年度別の教職員数を記載した書面等を交付し,かつ,右各交渉の場において,少子化に伴う生徒減を主たる原因とする財政難のため,債務者において人員削減をする必要がある旨の説明はしたが,債務者の帰属収入に占める人件費比率や消費支出超過額を示したり,右財政難を回避するには,平成8年度に引き続き,再度の人員削減の方法をとる以外に手立てがないことを,債務者が保有する資産や負債を含めた財政分析に基づくところの具体的な数字を根拠に説明したりするようなことはなく,かつ,同組合から閲覧要求があった債務者の財務諸表も,同組合から組合員名簿の提出が行われなかったとして,同組合員に公開することはなかった。

(3) 債務者は,平成10年2月28日の理事会において,翌年度に5名の講師を雇用することを前提に,退職拒否者らを継続して雇用した場合,平成11年度の帰属収入と消費支出の差額が1億0263万5000円の赤字となり,人件費比率が93.3パーセントとなるのに対し,同人らを解雇した場合,同年度の右差額が5535万2000円の赤字となり,右比率が82.1パーセントとなる旨の予測値資料を提示した上,右7名を平成10年3月20日の本校終業式後に即時解雇する旨決議した。

(4) かくして,同月24日,債務者から退職拒否者らに対し,本件各解雇を含む各即時解雇の意思表示がなされたが,その後,退職拒否者らのうち債権者ら4名を除く3名は,前記(二)(5)で一応認定した退職勧奨を受け入れたことから,右各即時解雇の撤回がなされ,いずれも同月末までに,任意退職した。

(四)(1) 債務者は,平成10年度において,本校の生徒数が前年度より50名減の680名となったにもかかわらず,事務職員1名を教員に転用するとともに,同年4月1日から本校普通科に新設した健康福祉コース担当の講師3名並びに被退職勧奨者らの一部が担当していた国語,音楽及び体育を担当する講師各1名ずつを含めた計9名の講師を新たに雇用し,その結果,同月時点における教職員数は,債権者らを除き計58名(内訳は,教員39名,講師12名,職員7名。)となった。

なお,平成11年3月末までに,教員1名及び講師3名が退職した。

(2) また,債務者は,平成11年度において,本校の生徒数が前年度より51名減の629名となったにもかかわらず,健康福祉コースの講師3名及び被退職勧奨者らの一部が担当していた体育を担当する講師1名を含めた計8名の講師を新たに雇用し,その結果,同年4月時点における教職員数は,債権者らを除き計63名(内訳は,教員38名,講師17名,職員を含むその他8名。)となった。

2  如上一応認定したところに基づき,本件各解雇の有効性につき検討する。

(一) 一般に,使用者の財政状態の悪化に伴い,人件費削減のための手段として行われるいわゆる整理解雇は,労働者がいったん取得した使用者との雇用契約上の地位を,労働者の責に帰すべからざる事由によって一方的に失わせるものであり,それだけに,労働者の生活に与える影響も甚大なものがあるから,それが有効となるためには,〈1〉経営上,人員削減を行うべき必要性があること,〈2〉解雇回避の努力を尽くした後に行われたものであること,〈3〉解雇対象者の選定基準が客観的かつ合理的であること,〈4〉労働組合又は労働者に対し,整理解雇の必要性とその時期・規模・方法につき,納得を得るための説明を行い,誠意をもって協議すべき義務を尽くしたこと,以上の各要件すべていずれも充足することが必要である。

そして,本件のごとく,使用者たる債務者が私学である本校の設置・経営者であり,労働者たる債権者らがその教員であるような場合,前記第二,四1(二)で債権者らが主張するとおり,安易な教員数の削減は,教育の質の低下を来たし,そのしわ寄せを生徒に押しつける事態を生じさせるおそれがあることから,右教員の整理解雇に当たっては,右に挙げた整理解雇の制限法理が,一般私企業の場合に比してより厳格な判断基準の下に適用されるべきと解される。

(二) そこで,右見地から,以下,本件につき検討する。

(1) 前記第二,二及び第三,一1に各掲記した各事実に加えるに,(証拠略),債務者代表者(内田)の陳述及び審尋の全趣旨によれば,以下の各事実を一応認めることができる。

ア 平成元年以後,防府教育事務所管内における中学校卒業者数は,平成11年度及び平成12年度が,それぞれ前年度に比し微増となったのを除き,恒常的な減少傾向にあることから,高校進学者数も減少しており,これに伴い,生徒納付金及び補助金額も減少するため,これらにその収入の大部分を依存している私立高校の経営状況は,慢性的に悪化していくことが数年前から見込まれていた。

イ 右の点は,債務者が設置した本校も例外ではなく,平成元年以後,平成4年度を除き,その入学者数は減少しており,人員削減の方針を理事会で決議した平成8年度におけるその入学者数は,平成元年度における452名の53パーセントにしかすぎない240名にまで減少したが,山口県内にある他の私立学校との均衡から,入学時納付金や毎月納付金といった生徒納付金の大幅な増額が困難であり,かつ補助金の増加も望めない状況にある。

ウ 右平成8年度における本校の教員1名当たりの生徒数は,平成元年度における21.1名から大きく減少して,14.23名となっており,同年度における山口県内の私立高校の右平均値17.99名を下回っていた。

エ 債務者の平成7年度決算に基づく人件費比率(帰属収入に占める人件費の割合)は,全国の私立高校の平均値である62.1パーセントを上回る77.9パーセントの高率となっていたところ,右の人件費比率を60パーセント台の範囲に収めておかないと,資産維持の自力達成が不可能となるおそれがあるとの日本私学教育研究所研究員の見解がある。

オ そのため,債務者は,人件費削減を目的とした希望退職者を平成8年度より継続的に募り始め,また,人員削減の方針を決議する前の平成5年9月16日,生徒数の増加による収入増加を図ることを目的として,家政科,商業科及び経理科の生徒募集を停止し,これに代えて,会計科を設置するとともに,普通科内に文理進学コースをはじめとする5つのコース制を導入することにより,生徒のニーズに即したカリキュラム作りを図ろうとした。

(2) しかしながら,前記(1)の柱書に掲記した各事実及び疎明資料に加えるに,(証拠略),債権者ら本人の各陳述及び審尋の全趣旨によれば,一応,以下のごとく各認定判断することもできる。

ア 債務者の平成6年度から平成10年度における各年度末現在の総資産額は,それぞれ,24億5147万4099円,24億7669万2179円,25億7417万4703円,24億6163万7589円,23億8308万2533円と,著しい減少を見ることなく推移しているところ,この間における自己資金比率(総資産に占める自己資金の割合)は,80パーセント台後半から90パーセント台前半(全国の私立高校の平成7年度における平均値は78.5パーセント)であり,一方,負債比率(自己資金に占める総負債の割合)は,5パーセント台から12パーセント台(全国の私立高校の平成7年度における平均値は27.4パーセント)といずれも山口県内における他の私立高校と比較して優良といえる。

イ ところで,全国の私立高校においても,生徒納付金及び補助金等の帰属収入から基本金組入額を除いた消費収入により,人件費及び経費等の消費支出をまかなえない消費支出超過校が増加傾向にあり,平成7年度においては,その割合が55パーセントとなっているにもかかわらず,右各超過校が必ずしも指名解雇を伴う人員削減を行っているとはいえないことに照らすと,私学において,単に,消費収入により消費支出がまかなえないということのみで,その財政状況が,直ちに,希望退職者ではまかなえない程度の人員削減による大幅な人件費削減を行わなければならない程にひっ迫した状況にあるとまでは速断し難く,そうすると,人員削減については,少なくとも,当該私学の資産や負債を含めた総合的な財政分析により,その是非を検討する必要があると考えられる。

ウ しかるに,債務者においては,平成8年度からの人員削減方針を決定するに当たり,経営や財政の状況分析を自ら,又は専門家の意見を踏まえて行うなどの方策をとることなく,ただ,決算書における帰属(消費)収入額と消費支出額との差額,人件費比率及び他の私立高校における教員1人当たりの生徒数の数値のみをもとにして消費支出の超過解消のため右方針を決定したにすぎないところ,前記1で一応認定した平成8年度から平成10年度にかけての人員削減と講師採用の経緯に照らせば,債務者は,賃金の高い教員の一部に代えて,これの安い講師にその教職員構成を転換することにより,人件費削減を行おうとしたものと推察される一方で,人件費削減の方法として,賃金や賞与の減額を教職員らに交渉することはなかった。

エ また,防府教育事務所管内における高校入学者数に占める本校の入学者数(収容率)は,右管内の他の私立高校に比してより減少傾向にあるので,生徒数の減少原因は,ただ少子化を要因とするものだけではないと容易に考えられるにもかかわらず,右原因に関する検討とそれに基づく対策を必ずしも十分にとってはいなかった。

オ さらに,債務者は,平成8年度における人員削減後,債権者らに対する退職勧奨を行うに至るまでの間,教職員らに対し,更なる人員削減の必要性につき,債務者に関する財政上の数字を示して具体的に説明することはなく,右退職勧奨後も,右必要性につき,債務者の資産及び負債を含めた総合的な財政状況を裏付けとする説明を行わないまま,同退職勧奨後2か月しか経過していない平成10年3月24日に,本件各解雇を行った。

(3) 右によれば,前記2(二)(1)で一応認定した各事実を前提としても,なお,債務者については,本件各解雇に際し,将来的予測として帰属収入の恒常的な減少が避けられない状況にあることから,その資産を維持すべく,消費支出,特にその中でも大きな割合を占める人件費の削減が必要であるとの認識を有してこれに当たっていたということ以上の点は指摘し難いところである。

かえって,前記(2)で一応認定した諸事情によれば,債務者は,平成8年度における人員削減及び本件各解雇以前の希望退職申出状況から,同各解雇時点において,直ちに指名解雇の手段による更なる人員削減を行わずとも,継続的に希望退職者を募りつつ,一定期間,それ以後における長期的な視野に立った人件費削減及び収入増加に向けた取組みに関する協議を十分に尽すなどの手段を講ずる一方で,右期間内の消費支出超過分については,比較的優良なその資産の一部を取り崩してこれを充てることにより,相応の程度柔軟かつ弾力的に対処し得るだけの財政的な体力を有していたと思料されるのである。

(三) かくして,本件の場合,債務者につき,本件各解雇に至るまでに,希望退職者を募る方法により指名解雇を避けるべく配慮をしたことは一応認めることができるものの,前記第二,四1(一)(1)ア及びイにおける債務者の各主張を前提としても,同各解雇当時,客観的に見て,債権者らをして,その意思とは無関係に,債務者の教員たる地位を一方的に失わせるという,平成8年度に続き,これと一環をなすとみられる再度のかつ大幅といってよい人員削減をしなければならない程に,その財政状況が悪化した状況にあり,かつ,債務者が同各解雇を回避すべく努力を尽くした上でこれらをなしたとの各疎明は,いずれも足りないというべきである。加えて,前記第三,一1(二)で一応認定したところによれば,本件各解雇に際して,債務者(理事会及びジョンソン校長を含む。)が,妥当な手続を尽くしたとも解し難い。

そして,如上検討したところを,前記2(一)に掲げたより厳格な判断基準に則った4要件に照らした場合,本件各解雇は,右4要件のうち,〈1〉,〈2〉及び〈4〉を備えていないとみられるので,明らかに,右4要件すべてをいずれも充たしているとはいえないと判断するのが相当である。

3  したがって,右要件中〈3〉につき検討するまでもなく,本件各解雇は,許容される整理解雇の場合に当たらず無効であるという債権者らの主張は,一応理由があると解するので,本件各仮処分における各被保全権利は,いずれもこれらを肯定することができる。

二  争点2について

1  地位保全仮処分の必要性について

(一) (証拠略),債権者ら本人の各陳述及び審尋の全趣旨によれば,債権者らは,本件各解雇当時において,債務者から支払われる前記第二,二4の各支給額記載の各賃金によって生計を維持しており,他に収入はなかったため,同各解雇により,各自身に係る収入の途を失ったこと,したがって,債権者らについては,いずれも,前記第二,四2(二)(2)イにおける債務者の主張どおり,それぞれの同居の親族らが収入を得ているものの,その各収入額並びに前記第二,二1(二)ないし(五)のとおりの各家族構成及び負債状況に照らすと,債権者らにおいて,その主張する本案の第一審判決の言渡しに至るまでの間にあっても,同各解雇により,債務者の教育職員として扱われず,右各賃金が全く受けられないとすれば,債権者らは,この間,いずれも,各家族を含むそれぞれの生活に著しい支障を来たし,回復し難い損害を生じるおそれがあると思料されること,以上のごとく一応認定判断することができる。

(二) また,前記第三,一2(二)(2)ウで一応認定したごとく,本件各解雇は,債務者において,賃金の高い教員の一部に代えて,これの安い講師に転換することによる人件費削減の方針を採用したことによるものと推察され,現に,前記一1(四)(1)で一応認定したとおり,債務者は,同各解雇後,債権者藤井及び同永田らの担当していた各教科を担当するそれぞれの講師を雇用しており,かつ,審尋の全趣旨によれば,債権者美好の担当していた養護教員は他に1名現存している状況にあること,さらに,審尋の全趣旨によれば,債権者らは,今後,他校の教育職員として再就職したり,他業種に転職することも困難な状況にあると一応認められること,以上の諸点を指摘することもできる。

(三) 右に加えるに,前記二1(一)に掲記した各疎明資料及び審尋の全趣旨によれば,前記第二,四2(一)(1)イにおける各事由も一応認定し得ることを併せ考慮すると,本件においては,債権者らにつき,賃金仮払の各仮処分とは別に,それぞれにつき,債務者の各教育職員たる地位を保全すべき特段の必要性があると一応解するのが相当である。

よって,本件各地位保全仮処分の必要性は,これらを肯定することができる。

2  賃金仮払仮処分の必要性について

(一)(1) 前記第三,二1(一)で検討したところによれば,債権者らの各賃金仮払仮処分の必要性も,これらを一応認め得べきところ,一般に,仮処分において仮払を命じる賃金額は,債権者ら個々の具体的諸事情を考慮し,その必要性が認められる範囲の金額に限定されるのが相当である。

(2) これを本件についてみるに,債権者らは,いずれも,本件各解雇直前における平成10年3月分の各月額賃金相当額の仮払いを求めているが,債権者らが実際に受給していた賃金は,前記第二,二4で一応認定したとおり,右各月額賃金から税金,共済掛金,弘済会保険料及び財形貯蓄その他の控除額を差し引いた各支給額であり,これによりそれぞれの生計を維持していたこと,他方,本件の場合,これらの各支給額を超えて,債権者らが各主張する各賃金仮払いを命ずる必要性があるとの疎明がないことに加え,前記第二,二1(二)ないし(五)で一応認定した各事実,同四2(二)(2)イに掲記したところ及び審尋の全趣旨によれば,債権者藤井,同永田及び同坂本は,いずれも学齢期の子供らや住宅ローンによる負債を有しているのに対し,債権者美好については,年額220万円の年金収入を有する父親と同居しているだけで他に家族はなく,支出することが必須である負債を有してもいないこと,以上の各点を一応指摘ないし認めることができる。

(3) そうすると,債権者藤井,同永田及び同坂本については,1か月当たり,右各支給額と各同額の限度で,債権者美好については,1か月当たり,前記第二,二4において一応認定した同債権者の当該支給額の8割に相当する金員の限度で,いずれも右各賃金仮払仮処分の必要性を肯定するのが相当である。

(4) なお,本件各解雇に当たり,債権者らは,債務者から,前記第二,二5で一応認定したとおり,各金員の支払をなすべくその提供を受けたが,それらの金員すべてにつき,各供託し,これまで,各々の生計を維持するためには一切利用していないところ,前記第三,一1で一応認定した同各解雇等に至る経緯に鑑みれば,右各金員の支払の提供を受けたことをもって,右各賃金仮払仮処分の必要性が減じられるとはいい難いところである。

(二) そして,債権者らへの当月分の月額賃金の支払が,毎月21日になされていたことは当事者間に争いがないところ,賃金の仮払を命じる期間についても,前記二1(一)で検討したところによれば,それぞれ本案の第一審判決言渡しに至るまでとするのが相当である。

(三) よって,債務者は,債権者らに対し,既に期限の到来した平成10年4月から平成12年2月までの23か月分に係る前記第二,二4で一応認定した各支給額合計額(ただし,債権者美好については,その8割に当たる額。),すなわち,債権者藤井については788万2675円,債権者永田については683万9579円,債権者坂本については500万1051円及び債権者美好については470万1637円,並びにいずれも同年3月1日から本案の第一審判決言渡しに至るまで,毎月21日限り,1か月当たり右各支給額(ただし,債権者美好については,その8割に当たる額。),すなわち,いずれも1か月当たり,債権者藤井については34万2725円,債権者永田については29万7373円,債権者坂本については21万7437円及び債権者美好については20万4419円の各割合による金員を,それぞれ仮に支払うべきである。

第四結語

以上の次第により,本件各仮処分の申立ては,いずれも,主文第一,二項各掲記の限度で理由があるから,事案の性質上保証を立てさせないでこれらを認容し,その余は理由がないからいずれも却下することとし,申立費用の負担につき,民事保全法7条,民事訴訟法61条,64条ただし書を各適用して,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 石村太郎 裁判官 阿多麻子 裁判官 坂上文一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例